<   2005年 07月 ( 38 )   > この月の画像一覧

太陽の華

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ここは上野村野栗沢。
畑の肥やしのおこぼれを頂戴しているのか、何とも立派な成長振り。
田舎の向日葵はとにかく元気です。
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by sanzokuame | 2005-07-31 23:56 | 彼方此方にて

ショウリョウバッタ

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我が家の庭に遊びに来ていたので一枚パチリ。
その体長は8cmを超え、日本最大のバッタです。
これはメスで、オスよりも体が二回り大きいそうです。
その尻に敷かれている華奢なオスは、「キチキチ」と音をたてながら飛ぶので「キチキチバッタ」と言われます。
本当は「チキ(ショー)、チキ(ショー)」なのかも知れません。ねぇ、世のお父さん。^^

さて、ショウリョウバッタというその名の由来は、お盆(精霊会)の頃によく見かけるようになるからとのこと。
そう、精霊流しの精霊だったんですねぇ。
この歳になってようやく知りました・・・。
でも、そういうこと、いくつになってもありますよね? 
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by sanzokuame | 2005-07-30 20:49 | 歳時記

初づくし

2005年 J2 第23節 ザスパ草津 1-0 サガン鳥栖
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【J2:第23節 草津 vs 鳥栖 レポート】佐田の値千金のゴールで草津は、第3クール白星発進。鳥栖は、一発に沈む。 [ J's GOAL ]

サカラグから芝の養生の済んだ陸上競技場に切り替わってからの初観戦。
もちろん今期ホーム初ナイター観戦。
で、「勝利」とか「勝ち点3」とか言う、なかなか見れない現象をやっと肉眼で見ることができました・・・(涙) 
昨年の歴史的一戦、大塚製薬撃破以来の花火も見れたし。
仕事をマッハでやっつけて駆けつけた甲斐がありました。
それにしても長かったなぁ、折り返し点でやっと見れるなんて。
今期もう見れないなんてことの無いですよねぇ・・・

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by sanzokuame | 2005-07-30 00:35 | ザスパ草津

旧花輪小学校記念館

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閉館の4時を過ぎてしまい、校舎の中に入ることはできませんでしたが、“放課後”の校庭がなんとも寂しく、懐かしくもありました。
盛夏を告げるサルスベリだけがひときわ赤く輝いていました。

b0011185_2264453.jpgb0011185_227245.jpg旧花輪小学校記念館HP
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by sanzokuame | 2005-07-28 22:07 | 日本のカタチ

神戸駅(わたらせ渓谷鐵道)

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b0011185_17245880.jpg神戸駅(ごうどえき)は勢多郡東村神戸にある、富弘美術館、草木ダムの最寄り駅。
兵庫県の神戸駅との重複を避けるため、JR足尾線の第三セクター鉄道化されるまでは「神土」という駅名でした。
その名残りに、駅舎入り口の看板には「土」の字を「戸」に修正した跡があります。
その経緯を知らなかった私は「看板屋が間違えたんか」と、迂闊にも思ってしまいました。^^;
b0011185_17153378.jpg(ちなみに愛知県田原市の豊橋鉄道渥美線には「かんべえき」もあるらしい。)


集落やR122よりずっと下った位置に建つこの駅舎。
列車の到着する時以外は、ひっそりと静かな時間が流れていました。
寅さんが列車待ちをしてても不思議ではない、まるで映画のワンシーンに出てきそうな木造駅舎。
いつまでも残して欲しい、昭和な風景です。

P.S. 父娘は決してエキストラではありませんので。^^
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by sanzokuame | 2005-07-26 17:16 | プルーンとレバーの為せる業

金谷レース工業

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本町1・2丁目周辺には、木造のほか石造、煉瓦造など、桐生を代表する近代化遺産であるのこぎり屋根の織物工場が点在します。
のこぎり屋根は北側の天窓からの柔らかい光が場内の手作業に適しており、また織機の音を拡散できることから、織物工場として明治~昭和初期に数多く建設されました。
桐生市役所HP
「柔らかい光が場内の手作業に適しており」の意味がいまいち判らなかったので、更に調べてみると、太陽高度に左右されない一定の光量により、織物の色を見間違えたりしない為だそうです。確かに何百何千という繊細な織物の色使い、確かな見極めが必要だったのでしょう。
先人の知恵には改めて脱帽することだらけです。

※ 群馬県繊維工業試験場のHPでは、数多くののこぎり屋根の工場を見ることができます。
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by sanzokuame | 2005-07-26 10:53 | 日本のカタチ

シロフジのアイスまんじゅう

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前々から食指を伸ばしていたこのアイス。
yosuieさんすずきさんもこんなうまげに紹介してるし。^^
桐生広域限定販売のこの品は、アイスなだけに通販以外ではそのエリアに行かなければ食べられない訳です。
有鄰館の売店で冷凍ショーケースを見つけたので、早速店内の小上がりで頂くことにしました。
レジで会計をすると店員のおばさんお姉さんが「お兄さん、食べたことある?」と奇妙な質問。
「いえ、初めてですけど・・・」と答えると、
「食べ方にコツがあってさ、下の傘のとこから食べてみ。てっぺんのあんこのところは硬くて歯が立たないからさ。下から食ってくとちょうど柔らかくなるんさ。」とのこと。
そこは「郷に入っては・・・」で、言われた通りにしてみました。
確かに、傘の部分はガリガリっと気持ちよくかじることができますが、てっぺんに「ガッ」と立てた歯は行き場を失い、後は撤退するしかない硬さでした。
しかし、徐々に柔らかくなるこしあんとラクトアイスが絶妙に相まって、舌の上でザラッと溶ける感覚はもはや病みつきになりそうな一本。
もう、通販「大人買い」間違いなしです。
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by sanzokuame | 2005-07-26 00:45 | ベツバラ

川野屋本店のごま汁冷しめん

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桐生といったらうどん。
市内に約130店もある中から、さて、どの店に行ったら良いのかと悩みましたが、dancyuのバックナンバーにわたらせ渓谷鐵道の記事があったのを思い出しました。
(あ、dancyuは私のバイブルですから ^^)
うどん屋の紹介も確かあったなと、本棚を探すと・・・ありました、ありました、2004年9月号の「ローカル線、おいしい散策」という特集。
わたらせ渓谷鐵道の記事の始まりは桐生駅から。そしてそのトップで紹介されていたのがこのお店です。
桐生のうどん屋で一番の老舗で、創業は天保年間というお店。
店内は昭和にタイムスリップしたような年季の入った懐かしい雰囲気です。

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14代当主で、桐生うどん会の中心人物でもあるご主人も御歳80と、かなり年季が入ってます。
そのご主人、かなり人懐っこい典型的な群馬のオヤジさんで、店に入るなり「どっから来たん?」「まぁ座んなぃ」とフランクな群馬弁オンパレードでした。^^
こっちもつられるように群馬弁で「おじさん、今は何がうめん?」と聞くと「そりゃ、今は冷しだよ、冷し。」と、オヤジさんのイラスト入りのメニューを指差しました。
実はdancyuに紹介されていたのもこの涼しげな冷しめん。夏のいち押しはこれに間違いないようです。
麺は桐生ならではのきし麺“ひも川”。ごま汁のコクが麺の風味を引き立てています。
薄切り胡瓜と、明らかに家庭の冷蔵庫の製氷機で作られた氷(笑)がたっぷり載せられ、見た目も涼しい一品です。
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by sanzokuame | 2005-07-25 22:23 | 食してナンボ

有鄰館

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有鄰館(矢野蔵群)は、享保2年(1717年)、現在の株式会社矢野本店の創業者である近江の商人、初代矢野久左衛門が近江から来住し、二代目久左衛門が寛延2年(1749年)現在地に店舗を構えて以来、桐生の商業に大きく寄与してきたその土蔵等の建物群の名称です。「有鄰」とは、孔子の「徳狐ならず必ず鄰あり」という故事から引用した言葉で、かつて矢野商店が製造していた醤油と酒の商品名でもあり、今もこの言葉は社訓となっています。この蔵群は酒・醤油・味噌などの醸造業が営まれていたころの建物で、古いものは天保14年(1843年)のものからあり、敷地内には合計11棟あります。そのうち5棟が桐生市指定重要文化財になっています。同一敷地内にこれほどの建物が現存する例は桐生市内には見る事ができず、町並み保存の拠点として注目視されています。なかでも煉瓦蔵は市内最大級の煉瓦造建物であり、有鄰館として活用するための間仕切りや床の張替え等の改造を行ったが、南側入口に設けられたアーチ状の石組や、木造の和小屋組は当初のままです。その他の蔵も、壁体が土・板・漆喰など異なる景観を持ち、太さや形態が異なる柱などが独特の空間を演出し、コンサートや舞台、ギャラリーなど様々な活用がなされています。
モロミ、醤油、味噌、塩、そして酒。
様々なものを貯蔵していたという蔵の数々。
ひと通り足を踏み入れてみましたが、その度に鼻をクンクンと働かせていた私です。
それは間違いなく、幼い頃に親の田舎の納屋で嗅いだのと同じ、どこか懐かしい匂いでした。

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有鄰館HP
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by sanzokuame | 2005-07-25 20:56 | 日本のカタチ

桐生明治館

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明治初期、全国各地で西洋の建物を見様見真似で建てられた擬洋風建築のうちのひとつ。
明治11年、前橋・県庁前の群馬会館の場所に「群馬県衛生所兼医学校」として建築され、その後「県立女学校」「師範学校付属小学校」「物産陳列館」「県農会」と変遷し、昭和3年、現在の群馬会館を建設するため相生村に移築され「相生村役場」となった。村が桐生市と合併した後は、57年まで「相生公民館兼市役所相生出張所」として親しまれ、59年1月から61年3月までの半解体修理により、建築当初の姿に復元された。
同じ県内でありながら、なかなか訪れることの無い東毛地区。
カミさんが新しくなった富弘美術館に行ってみたいというので、そんな桐生界隈を散策してきました。
いつも通りの展開(食が半分てこと。あ、説明要らなかったすか?^^)になりますが、徒然なるままに紹介してみます。
それにしても、最近「いい旅夢気分」になってるなぁ・・・^^;

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玄関ポーチやベランダを配した左右対称の白亜の建物は、洋館ながらも随所に和風の意匠も見られます。
県内では中之条、お隣信州では松本佐久、遠くは宮城の登米など、古き良き時代の建物を大切に残している街、どこか同じ匂いがします。

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桐生市HP
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by sanzokuame | 2005-07-25 16:21 | 日本のカタチ