<   2005年 06月 ( 36 )   > この月の画像一覧

旧官営新町屑糸紡績所

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経済力の弱い当時の日本が、外貨を獲得できた最大の輸出品が生糸であった。明治政府は、いろいろなかたちで製糸業を発展させようとし、富岡製糸所に次いで、官営模範工場の洋式絹糸紡績所を明治10年10月20日設立した。
 19日午前6時頃から東京を発車したものは、内務卿大久保利通、大蔵卿大隈重信、工部卿伊藤博文、内務少輔前島密、勧農局長松方正義らの面々であった。「屑糸屑繭を財貨の屑と見て外国人に売却してきたが、外国人はそれを生糸に紡績して利益を得ていた。この工場が発展をすると共に、これを模範として各地に屑糸紡績工場が勃興することを期待する。」と、大久保利通は、期待の大きさを祝辞の中で述べた。
     群馬県繊維工業試験場HPより

国史跡の旧官営富岡製糸場とともに、世界遺産登録を目指している新町の旧官営新町屑糸紡績所の創業当初を描いた錦絵「上州新町駅紡績所」の版木が藤岡市で発見されたという記事が28日の上毛新聞1面に掲載されました。版木3枚の表と裏と計6面に絵柄が彫られ、錦絵は黒、白、青、緑、黄、茶の六色刷り。文明開化の当時の様子が生き生きと伝わってくる見事な一枚です。今と変わらぬ上州の山々、浅間は当時も元気だったようです。烏川に浮かぶ帆掛け舟が何とも時代を感じさせます。
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by sanzokuame | 2005-06-30 08:00 | ぐんまな資料

一仙の真とろたん焼き

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b0011185_0435932.jpg「やっぱりか」とお思いでしょうが、外せないものは外せないってことで。
数あるお店から、どこがいいかと悩みに悩みましたが、ここは名より実を取って紹介します。
こちらのお店のお薦めは「真とろたん」と呼ばれるタン元のやわらかい部分を使ったたん焼き。
厚みがあって臭みのない、まさにステーキのような一品です。
タンシチューも頂けるのは元フレンチシェフだからこそ成せる業です。

※ 暗いお肉になってしまいました。美味しい画像はお店のHPにお任せします。

遠出の締めは、なぜかいつも満腹記事だなぁ・・・。
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by sanzokuame | 2005-06-30 00:44 | 食してナンボ

定禅寺通り

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杜の都、仙台のシンボル。
4列のケヤキの大木が、市民会館前から勾当台公園前までの630mに渡って続きます。
日差しに透けた、柔らかな新緑のトンネルを潜りたくて、ただその為だけに車を走らせました。
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by sanzokuame | 2005-06-29 23:12 | 彼方此方にて

鳴子・早稲田桟敷湯

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「早稲田湯」のはじまりは、戦後間もない昭和23年の夏。食べ物さえ十分でなかったこの時期、7人の早大生が鳴子町でボーリングの実習を行っていました。炎天下、角帽をかぶって続けられる不慣れな掘削作業。温泉はなかなか出ず、9月に入ると作業は深夜に及ぶようになりました。しかし、ある晩ついに苦労が実ります。深夜3時、熱湯が土石流のように地面を突き破り、やぐらの上まで吹き上がりました。噴湯に小躍りする学生たちと町の人。湯は学生たちにちなみ「早稲田湯」と名づけられ、町の人たちに共同湯として開放されました。以来、「早稲田湯」は、町内にとどまらず多くの人に親しまれてきました。そして、掘削からちょうど50年目の平成10年、早稲田大学石山修武研究室の設計で全面改築されました。生まれ変わって名前も新しく「鳴子・早稲田桟敷湯」。新しいものがたりが、またこんこんと湧き出ようとしています。                 ~ 鳴子・早稲田桟敷湯パンフレット ~
b0011185_22383579.jpgどこぞのシネコンを思わせる、なんとも斬新な佇まい。
硫黄の香りと看板が無ければ、とてもここが温泉だとは思わないでしょう。
3本の木製の樋から湯船に引き込まれている源泉は実に98℃。
草津には敵いませんが、湯船も43℃とかなり熱めのお湯です。
湯の花もたっぷり浮かび、いつまでも体を温めてくれました。

泉質:ナトリウム硫酸塩泉・塩化物泉

鳴子・早稲田桟敷湯
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by sanzokuame | 2005-06-29 22:16 | 彼方此方にて

深瀬の栗だんご

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b0011185_23183796.jpgアカデミックも2つが限界。あー、肩凝りました。^^
ってことで、いつもの路線で。

鳴子温泉の名物「栗だんご」。
ここのお店が元祖のようです。
土産物メインのお店ですが、店内の片隅に東屋的スペースがあり、熱々を頂くこともできます。
ふっくらとした団子の中には、栗の甘露煮がまるごと入っており、結構食べ応えありました。
みたらし団子のそれよりも濃厚な、甘辛い醤油味の葛あん、お皿を舐めるように残さず頂きました。

餅処 深瀬
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by sanzokuame | 2005-06-28 23:18 | ベツバラ

悩める乙女

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今から約二百年前の文化・文政の頃、東北地方の山奥で木地業を生業とする人々が我が子に玩具として与えたのが始まりと言われるこけし。
「木形子」という漢字がそんな云われを端的に表しています。
子供たちの玩具はやがて時代の流れとともに土産品として売られ、大人の趣味・鑑賞用として発展してきました。
現在では土湯系、弥治郎系、遠刈田系、山形系、作並系、鳴子系、蔵王系、南部系、肘折系、木地山系、津軽系と実に11の系統を数えます。
そんなこけしの最も古い生産地がここ鳴子です。

ごめんね、オヘチャに撮っちゃって・・・。
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by sanzokuame | 2005-06-28 21:56 | 彼方此方にて

尿前の関

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南部道遥にみやりて、岩手の里に泊る。
小黒崎みづの小嶋を過て、なるこの湯より、尿前の関にかゝりて、出羽の国に越んとす。
此路旅人稀なる所なれば、関守にあやしめられて、漸として関をこす。
大山をのぼつて日既暮ければ、封人の家を見かけて舎を求む。
三日風雨あれて、よしなき山中に逗留す。

蚤虱馬の尿する枕もと

あるじの云、是より出羽の国に大山を隔て、道さだかならざれば、道しるべの人を頼て越べきよしを申。
さらばと云て人を頼侍れば、究境の若者反脇指をよこたえ、樫の杖を携て、我我が先に立て行。
けふこそ必あやうきめにもあふべき日なれと、辛き思ひをなして後について行。
あるじの云にたがはず、高山森〃として一鳥声きかず、木の下闇茂りあひて夜る行がごとし。
雲端につちふる心地して、篠の中踏分踏分、水をわたり岩に蹶て、肌につめたき汗を流して、最上の庄に出づ。
かの案内せしおのこの云やう、此みち必不用の事有。
恙なうをくりまいらせて、仕合したりと、よろこびてわかれぬ。跡に聞てさへ胸とゞろくのみ也。 (奥の細道 尿前の関 5月17日)
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(現代語訳)

南部へ続く道をはるか遠くに眺めやって、岩手山の里に泊まった。
小黒崎や美豆(みず)の小島を通り過ぎ、鳴子温泉から尿前の関にかかって、出羽の国に越えようとした。
この道は旅人もまれな所なので、関所の番人に怪しまれて、やっとのことで越えることができた。
大きな山を登っていくうち日が暮れてしまったので、国境の番人の家を見つけ、宿を頼んだ。
それから三日間も風雨が荒れて、何もない山中に滞在した。

のみやしらみにせめられて、その上に枕元で馬が小便する音まで聞こえてくる。何ともわびしい旅の宿だ。 

主人が言うには、ここから出羽の国に向かうには大きな山があり道もはっきりしていないから、
道案内を頼んで越えるのがよいという。
それならばと人を頼んだところ、屈強な若者が腰に反脇差を横たえ、樫の杖を手にして、我々を先導する。
「今日こそ、きっと危ない目にあう日に違いない」と、びくびくしながら若者の後についていった。
主人が言ったとおり、山は高く、木々が生い茂り、鳥の声一つ聞こえず、木の下まで枝葉が茂りあい、
まるで夜道を行くようであった。
「雲端に土ふる(風に巻き上げられた土が雲の切れ端から降ってくる)」という詩句そのものの心地がして、
小笹を踏み分け踏み分け、流れを渡り、岩につまづき、肌には冷や汗を流しながら、ようやく最上の庄に出た。
あの案内してくれた男が言うには、
「この道ではいつも必ずよくないことが起きます。しかし、今日は無事にお送りすることができて幸いでした。」
と喜んで帰っていった。
後から聞いただけでも、胸がどきどきばかりであった。

b0011185_2235548.jpg折角の宮城遠征。
今週はそんな旅程を小出しでご紹介していきます。
まずはこんな感じに、たまにはアカデミックな記事を。
はい、本当に「たまには」ですけど・・・。

宮城県玉造郡鳴子町。
源義経一行が都から平泉目指して落ちのびて行く途中、ここで義経夫人が出産。
その子の鳴き声が鳴子の命名とか、
その子をあやすために首を廻すと音の出るこけしを作ったとか、
その子が初めて小便をしたために尿前という地名がついたとか、
とにかく、義経に関わる様々な伝承がある土地です。

芭蕉が、奥の細道で鳴子から尿前を通る出羽街道中山越えを選んだのは、そんな義経伝説に心を動かされ、
その物語と歴史への追懐の気持ちから、義経の落ちのびた道をたどったという説もあるそうです。
奥の細道の中でも最大の難コースだったんですけどね。
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by sanzokuame | 2005-06-27 22:35 | 日本のカタチ

ほろ苦い帰路

2005年 Jサテライトリーグ Bグループ 第11日 ベガルタ仙台 2-1 ザスパ草津

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宮城県サッカー場
【得点】
56分 8後藤涼(13豊原慎二)
取られたら取り返すのがこのチームの信条。
後半4分に先制を許しても、その7分後には豊原の左サイドからのクロスに後藤がヘディングでドンピシャ合せ、絵に描いたような綺麗なゴール。
私を取り囲んでいたベガサポからも「お~」と感嘆の声が上がっていました。

その後もゴールの匂いはプンプンしていたのですが、逆に最後の最後で手痛い勝ち越しゴールを献上。
GKとDF、呼吸が一瞬ズレちゃいましたねぇ・・・。
でも、全然落ち込む必要ないですから、これもひとつの経験てことで。
さ、来週は聖地で返り討ちですよ。

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by sanzokuame | 2005-06-27 00:07 | ザスパ草津

ありがとう、サカラグ

2005年 J2 第18節 ザスパ草津 1-0 湘南ベルマーレ
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【J2:第18節 草津 vs 湘南 レポート】草津、思い出深い群馬県営サッカー場のフィナーレを飾る勝利。 [ J's GOAL ]

幼稚園のイベントで、県営サッカー・ラグビー場のラストマッチを観ることができませんでしたが、
なんと、有終の美ってやつじゃないですか!
うーん、確実に上向き、明るい未来ってやつですね。
さぞかしスタンドは暑かったでしょうが、本当に羨ましい限りです。
今宵は(既にもう!?)キンキンに冷えたビールで乾杯しちゃってくださいね。
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by sanzokuame | 2005-06-25 16:45 | ザスパ草津

うどん処みわやのもちカレーうどん

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b0011185_22293549.jpg注文すると、やがて厨房から漂ってくるスパイシーな香り。
その香りからおのずと辛さに身構えてしまいますが、口に運んだ途端、意に反した甘味が広がります。
その正体は、適度なトロミのスープの中に見え隠れする飴色に煮詰まった玉ねぎのもの。
そして、そこにはまろやかさも・・・そう、生クリーム濃厚なミルク(2007/10/17訂正)も十分入っているようです。
具にはトロトロに煮込まれた豚の角煮。スッと、箸でほぐれる軟らかさです。

b0011185_22301182.jpg麺は熱いスープにも負けない讃岐系のエッジの立った強いコシ。
油で軽く揚げた餅が絶妙な食感のアクセントになってます。

麺を全て食べきっても、そのスープが勿体無くて、結果最後の一滴まで飲み干してしまいました。
ご飯なぞ出して頂けたら、それはもう最高のカレーおじやになることでしょう。
(今度は頼んでみようかな?^^)

b0011185_22302723.jpgさて、カレーうどんの名店と呼ばれる店は数多くありますが、なかなかその噂どおりの味にめぐり合えませんでした。
(前橋の田○庵、わたし的にはあの麺と汁のバラバラ感はどうしても受け入れられません・・・)
ここは胸を張って薦められるお店です。b0011185_2230487.jpg

付け合せにはゆで玉子の天ぷら。
これもなかなか巡り合えない一品ですね。


こんな暑い季節、汗をかきかき食べればお店を出るときにはサッパリ爽快ですよ。

安中市板鼻647-8
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by sanzokuame | 2005-06-24 22:31 | 食してナンボ