カテゴリ:ぐんまな資料( 23 )

中之条ビエンナーレで初代ぐんまちゃんに出逢う

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先日、既に多くブロガーさんがレポートをしている中之条ビエンナーレ2011へ。
伊勢町エリアと四万温泉エリアをサクサクっと見てきました。
(その模様はのちほど)
なかでも四万温泉エリアの会場のひとつ、「旧第三小学校」は二階建ての校舎全体が発表の場。
昭和の雰囲気を色濃く残す木造校舎で、多くの作品を一度に鑑賞することができます。
そんな旧第三小学校の廊下で待ち受けていたのは、なんと、初代ぐんまちゃんのちぎり絵。
昭和58年の「あかぎ国体」リアル世代にとっては、感涙モノの一枚です。

「あの頃、僕は風に向かって走っていた・・・」

ビエンナーレとは全く関係ありませんが・・・
アラフォーの同世代の方、ぜひ旧第三小学校で郷愁に浸ってみてはいかがでしょうか?^^
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by sanzokuame | 2011-09-25 02:54 | ぐんまな資料

明日の献立は・・・ゆうまスペシャルスープ?

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我が家の冷蔵庫、その扉に貼ってあるのは学校給食の献立表。
子供たちは「明日は何かなぁ」、「やったぁー!チキンカレーだ♪」と日々のチェックを欠かしません。
残念ながら決して食べることのできないお父ちゃんは、今までじっくり見たことがなかったのですが、
何気なく今月の献立表を見ていると、そこには謎のメニューが。

それは・・・「ゆうまスペシャルスープ」

ん? 「ゆうま」って、二代目ぐんまちゃんを襲名した、あのゆうまちゃんのこと?
仮にそうだとして、ゆうまちゃんには悪いけど馬肉入りのスープ??
頭んなかは?マークだらけ。
末娘に聞いてみたら、「野菜のスープだよ。ずっと前から出てるよ、そのスープ」だって。

野菜のスープと聞いてピンときたのが、昔紹介した親子で学ぶ食育ブック ゆうま三兄弟のゆうこ姫を救え!の本。
確か、ゆうこ姫の便秘を野菜スープで治すってストーリーだったような・・・
さっそく本棚から本を引っ張り出して、ページをめくってみたら・・・ビンゴ!
本のレシピ同様、にんじん、じゃがいも、たまねぎ、キャベツ、ブロッコリー、ほうれん草などの野菜とウインナーの入ったスープのようです。
なるほど、実際の現場でも食育は実践されていたんですね。
うーん、できれば一度食べてみたいなぁ!^^

「親子で学ぶ食育ブック」に登場する「ゆうまスペシャルスープ」ってどんなスープ? (群馬県HP)
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by sanzokuame | 2010-06-09 19:57 | ぐんまな資料

群馬再発見 新「ぐんまカルタ」

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(画像はクリックで拡大)
製作意図

二十一世紀に入り時代も昭和より平成へ、群馬県の産業経済の形態も大きく変化して、その胎動は著しいものが有ります。これからの群馬を担う子供達に二十一世紀の群馬県を見直し「群馬再発見」と題して、これまでの歴史や名所旧跡、伝統芸能、スポーツ、日本を代表する人物等を改めて知って貰うために、「ぐんまカルタ」を制作致しました。

ぐんまカルタ制作実行委員会

きっといつかは発行されるであろうと思っていた新しい群馬県の郷土かるた。昨秋、「ぐんまカルタ」なる二十一世紀の群馬の特色を詠んだ新たなかるたが発行されました。制作したのは前橋市の獣医師、池田さんら8人でつくる「ぐんまカルタ制作実行委員会」。広く県内に普及している「上毛かるた」は1947年の初版発行から数えて今年で実に62年目。池田さんは、上毛かるたが築いてきた伝統を評価しつつ「平成の時代に評価されている人物や、新しい産業を取り上げるカルタを作り、子どもたちに群馬を再発見してほしいと考えた」そうです。萩原朔太郎、小栗上野介、田中正造、四首相・・・。中島飛行機、八ツ場ダム、御巣鷹山、ニューイヤー駅伝・・・。時代を映し、装い新たになった44枚。まさに群馬再発見です。(正直、存じ上げない人物の札もありました・・・まだまだ勉強が足りんなぁ。^^;)

では44枚を順番に
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by sanzokuame | 2009-02-11 02:47 | ぐんまな資料

イノセント・ラヴを観て

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今週から始まった月9の、「イノセント・ラヴ」。薄幸のヒロインを演ずるのは皇女和宮・・・もとい、堀北真希ちゃん。脚本は「ラブジェネレーション」、「ラスト・フレンズ」で知られる浅野妙子さんです。とりあえずはどんなもんだろ?と、早速観てみましたが・・・いきなり「あれ!?」と気づいたのが、オープニングの映像。真希ちゃんのバックに映るのは、ふたつの尖塔が聳える白亜の教会。その特徴的なフォルムと建築美から、ひと目で前橋カトリック教会と判りました。番組HPのこのページに写るステンドグラスも同教会のものであり、教会を中心に物語が繰り広げられるであろうこのドラマで、その象徴として故郷の教会が使用されているのは何ともうれしい限りです。

さて、この「イノセント・ラヴ」のみならず、最近は映像の中に見慣れた群馬の景色を発見することが多くなってきています。その主な要因には、高崎・前橋・わたらせ・嬬恋の県内各フィルムコミッションの誘致活動があるからでしょう。最近の県内ロケの主な作品を挙げてみれば、ファイト、頭文字D THE MOVIE、半落ち、嫌われ松子の一生、西遊記、リンダ リンダ リンダ、アンフェア the movie、珈琲時光、タッチ、相棒、包帯クラブ、日本沈没、未来遊園地、クライマーズ・ハイ、僕の彼女はサイボーグ、恋空、フルスイング、ゴンゾウ、フレフレ少女、人のセックスを笑うな、炎神戦隊ゴーオンジャー(笑) 等々。CMやミュージシャンのPVなども含めれば、まさに枚挙に暇が無いほどです。映画に関していえば、一時期は「県庁所在地に映画館がひとつもない」などと揶揄された群馬県ですが、その後はシネコンという形態に姿を変えスクリーン数が急激に増大。古くは日本最初の総天然色映画「カルメン故郷に帰る」の舞台にもなった群馬県。県人口200万人到達時には県を挙げて「眠る男」も製作されるほど、もともと映画とは縁の深い県でもあります。折りしも今朝の上毛新聞によると、太田コロナシネマWORLD、イオンシネマ太田、イオンシネマ高崎、109シネマズ高崎、MOVIX伊勢崎のシネコン5館では「群馬映画祭」と称し、10月25日~11月21日の間、県内で撮影された25作品を1作品¥500にて上映するそうです。(公式サイトは見当たらず・・・詳細は各映画館にお問い合わせを)

音楽・芸術・スポーツ・食など、地域振興には様々な手段がありますが、首都圏でありながら豊かな自然と古き良き街並み、片や現代的な建造物をも多く有する群馬県にとっては映像もまた有効な手段のひとつなのかも知れませんね。
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by sanzokuame | 2008-10-22 12:48 | ぐんまな資料

実録 上毛かるた

(画像はそれぞれクリックすると大きくなります。)

県都前橋生糸の市 (けんとまえばし いとのまち)
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元日のTBSでよく見る画です。

More
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by sanzokuame | 2008-01-22 17:16 | ぐんまな資料

どっこい生きてる ぐんまちゃん

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昭和58年のあかぎ国体開催を機に、群馬県のマスコットとしてこの世に生を受けたぐんまちゃん
国体終了後も群馬県の顔として色々な場面で活躍したぐんまちゃんでしたが、平成6年、彼にとって長い冬の時代が訪れます。

そう、ゆうまちゃんの登場です。

ゆうまちゃんは平成6年開催の「ゆうあいピック群馬大会」のマスコットとして登場。平成17年には全国対抗キャラクターコンテストで日本一に輝くなど、その卑怯なまでにユルユルのゆるキャラで広く人気を集め、先代のぐんまちゃんを無き者にするがごとく今も県の顔として活躍しています。

ぐんまちゃんは県庁昭和庁舎の地下倉庫に幽閉されているとかいないとか・・・

ぐんまこどもの国を訪ねて思い出したのは、かつてすずきさんから教えてもらった、パノラマチェア一台一台にぐんまちゃんの絵が描かれているという話。「ひょっとしてまだぐんまちゃんが・・・」と、確認してみましたが、完膚なきまでに全てゆうまちゃんに取って替わられていました。

「ぐんまちゃんよ、これまでか・・・」

盛者必衰の理はキャラクター界においても例外ではないようです。ぐんまちゃんの悲哀を嘆きながら、ふと立ち寄ってみたのが児童会館。図書室やスペースシアター、クラフトルームなどを有するこの建物は、子供たちが遊びながら学習できる施設が充実しています。そんな児童会館の入口のドアを開けようとすると、何とそこには風を切って疾走するぐんまちゃんの雄姿が!隣にはゆうまちゃんのシールも貼られていましたが、やはりそのスタイル、格好良さは抜群。誕生から既に四半世紀、よくぞ今まで残っていました!と、思わず拍手を送りたくなりました。

そして、昨日の日曜日。
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by sanzokuame | 2007-10-15 17:25 | ぐんまな資料

世界に誇る富岡製糸

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(速報と言うことで)
「富岡製糸場と絹産業遺産群」世界遺産暫定リストの追加物件に選定! [ 群馬県HP ]
世界遺産:暫定リストに「富士山」など4件追加 文化庁 [ msnニュース ]
世界文化遺産の暫定リストに富士山、富岡製糸場など4件 [ asahi.com ]


文化庁は23日、世界文化遺産の登録を目指す国内候補として国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)に提出するリストに、「富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県)、富士山(山梨、静岡県)、「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」(奈良県)、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」(長崎県)の4件を新たに追加すると発表しました。近代の産業遺産が同リストに記載されるのは初めてであり、同庁は「日本の近代化を表し、絹産業の発達面で世界的な意義を持つ。(世界遺産相当の)顕著な普遍的価値を持つ可能性が高い」と評価しています。今後はユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産委員会への申請を経て、正式に確定することになります。

この正月の特別公開に初めて訪ねてみました。
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by sanzokuame | 2007-01-23 23:36 | ぐんまな資料

算聖の碑

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上毛かるたの「和算の大家 関孝和」 (yosuieさん、お借りしますね)で知られる藤岡出身の天才数学者、関孝和。ニュートン、ライプニッツと共に世界三大数学者として尊称されています。藤岡市民ホールの片隅にはそんな偉人を称えた「算聖の碑」が立てられているのですが、残念ながら藤岡市民にもその存在はあまり知られていないようです。

そして、この「算聖の碑」と言う言葉。私が卒業した小学校の校歌にも詠われていたのですが、卒業するまでその意味を全く理解していませんでした。
「“賛成の日”って何?」って感じで・・・^^;
郷土の偉人、もう少し労わってあげないといけないですね。

でも・・・数学苦手なんだよな・・・

関孝和の人と也は藤岡市のHPにてどうぞ。
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by sanzokuame | 2006-04-28 01:16 | ぐんまな資料

「ねぎ」は「ねぎ」でも・・・

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またも上毛かるたネタですが、全44札を改めて見返していると、ひとつ気付いたことがありました。それは・・・唯一「食」をテーマしたこの「ね」の札。初版、現在版とも、じっくり見てみると何か違和感を覚えませんか?

・・・そう、「これって下仁田葱なん?」なんです。

下仁田町のHPにもあるような太くてズングリした独特のフォルムとはかけ離れ、いわゆる「深谷ねぎ」ではないのか?と思った訳です。はてなマークが頭に浮かんだら、まずは図書館!ということで、藤岡の図書館で手に取ったのは『上毛かるたのこころ 浦野匡彦の半生』(西片恭子 著 群馬文化協会発行、中央公論事業出版制作)。上毛かるた生みの親、故浦野匡彦氏の長女であり、上毛かるたを発行する財団法人群馬文化協会の理事長を務める西片恭子さんの著作です。父、浦野匡彦氏の上毛かるたに込めた熱く献身的な思いがひしひしと伝わるこの一冊は、上毛かるた誕生の経緯を詳細に知ることができる第一級の資料でもあります。そして「ね」の札の疑問に対する答えも「八、上毛かるた制作過程」の章にしっかりと記載されていましたので、引用して紹介します。
 父は計画当初から、歴史教育家の恩師丸山清康先生に解説文を書いて戴くことに決めていた。これによって他に類をみない〝郷土いろはかるた〟を意識し、先生の従弟にあたる県立前橋工業高校美術教師の小見辰男先生に絵を依頼した。
~ 中略 ~
 ただ、初版の絵は、当時の情況では、各地を訪ね歩くも儘ならず写真などに頼った所もありまた、例えば下仁田葱などは庶民は見ることも口にすることもない〝殿様ねぎ〟といわれて高級料亭にのみ行く品であっただけに、昭和四十三年描き直された現在の絵も同じく深谷ねぎの形といわれるが、これは当時の庶民生活を語る良い例になったといえる。私も下仁田葱をこの目と口で確かめたのは昭和五十年代に入ってからと記憶し、日本に飽食の時代が到来した頃であったと思う。 
さすがの殿様ねぎ、当時の庶民にはまだ高嶺の花の存在であり、ねぎの描写として一般的な深谷ねぎの形で描かれたということです。今でこそ、県内のスーパーや農産物直売所で容易に手に入れられる下仁田ねぎですが、私が子供の頃でさえ食卓に上っていた記憶はありませんので、戦後間もない時期には見たことすらないというのが実情だったのでしょう。ちなみに昭和二十二年の上毛かるた制作公募に寄せられた札のうち、「食」に関するものは下仁田ねぎ、蒟蒻のほかに利根鮎、磯部煎餅、新田米、わらび、ぜんまいの5品。やはり他県には無いオリジナリティが採用の理由といったところでしょうか。

ところで、当時も県内広く人口に膾炙していたであろう「焼きまんじゅう」の応募がなかったのが不思議なところです。もしも「新上毛かるた」が制作されるのであれば、このソウルフードをぜひとも採用して欲しいですね。

「縁日の 味噌だれ香ばし 焼きまんじゅう」 はいっ!^^

1/30追記 「ね」の札の説明は、yosuieさんの 上毛かるた ね をご参考に。
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by sanzokuame | 2006-01-29 23:51 | ぐんまな資料

いま気付いたよ、新田義貞

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義貞、馬より下り給ひて、冑を脱いで、海上を遥々と伏し拝み、龍神に向かひて祈り誓し給ふ、仰ぎ願はくば内海・下海の龍神八部、臣が忠義を鑑みて、潮を万里の外に退け、道を三軍の陣に開かせ給へ、と至信に祈念し、自ら佩き給へる金作の太刀を抜いて、海中へ投げ給ひけり。まことに龍神納受やし給ひけん、その夜の月の入り方に、先々さらに干る事も無かりける稲村ガ崎にはかに20余町干あがって平沙渺々たり。横矢射んと構へぬる数千の兵船も、落ち行く塩に誘はれて、遥かの沖に漂へり、不思議と云うもたぐい無し。
「太平記」 (巻第十、稲村ガ崎干潟と成る事)
元弘3年(1333)5月、新田義貞は北条軍の強固な守りにより鎌倉を攻めあぐんでいた。極楽寺切通しからの鎌倉攻めを無理と判断した義貞は、5月21日深夜、稲村ガ崎の海岸にて自分の太刀を海に投げ入れ、龍神に戦勝を祈った。すると、みるみると潮が引き始め、義貞は6万騎を率いて稲村ガ崎の岸壁沿いに鎌倉へ突入、源頼朝以来150年続いた鎌倉幕府はついに滅亡したのである。これが世に言う新田義貞の稲村ガ崎徒渉伝説である。

日本史上、最も有名な群馬県人はこの新田義貞に違いないでしょう。そう、何せ「歴史に名高い」お方ですから。そして、そのお姿は上毛かるたの絵札を見ての通り、気高く雄雄しいこと、この上ありません。子供の頃から格好良さ№1と思っていたこの絵札ですが、その姿が稲村ガ崎で太刀を奉納する場面であることに、すずきさんの記事を見てようやく気付きました。徒渉伝説は知っていたのに、「何か祈っているなぁ」位にしか思っていなかったんです。バックには波しぶきも描かれ、よりマンガチックな初版を発見した時に気付くべきでしたが、その後改めて上毛かるたの絵札をじっくり見る機会もなく、「見ていたのに見えていなかった」ということでしょうね。上毛かるたには、まだまだ気付いていないメッセージが隠されているのかも知れませんね。
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by sanzokuame | 2006-01-11 22:18 | ぐんまな資料