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尿前の関

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南部道遥にみやりて、岩手の里に泊る。
小黒崎みづの小嶋を過て、なるこの湯より、尿前の関にかゝりて、出羽の国に越んとす。
此路旅人稀なる所なれば、関守にあやしめられて、漸として関をこす。
大山をのぼつて日既暮ければ、封人の家を見かけて舎を求む。
三日風雨あれて、よしなき山中に逗留す。

蚤虱馬の尿する枕もと

あるじの云、是より出羽の国に大山を隔て、道さだかならざれば、道しるべの人を頼て越べきよしを申。
さらばと云て人を頼侍れば、究境の若者反脇指をよこたえ、樫の杖を携て、我我が先に立て行。
けふこそ必あやうきめにもあふべき日なれと、辛き思ひをなして後について行。
あるじの云にたがはず、高山森〃として一鳥声きかず、木の下闇茂りあひて夜る行がごとし。
雲端につちふる心地して、篠の中踏分踏分、水をわたり岩に蹶て、肌につめたき汗を流して、最上の庄に出づ。
かの案内せしおのこの云やう、此みち必不用の事有。
恙なうをくりまいらせて、仕合したりと、よろこびてわかれぬ。跡に聞てさへ胸とゞろくのみ也。 (奥の細道 尿前の関 5月17日)
尿前の関_b0011185_2235582.jpg尿前の関_b0011185_23244915.jpg尿前の関_b0011185_223634.jpg
(現代語訳)

南部へ続く道をはるか遠くに眺めやって、岩手山の里に泊まった。
小黒崎や美豆(みず)の小島を通り過ぎ、鳴子温泉から尿前の関にかかって、出羽の国に越えようとした。
この道は旅人もまれな所なので、関所の番人に怪しまれて、やっとのことで越えることができた。
大きな山を登っていくうち日が暮れてしまったので、国境の番人の家を見つけ、宿を頼んだ。
それから三日間も風雨が荒れて、何もない山中に滞在した。

のみやしらみにせめられて、その上に枕元で馬が小便する音まで聞こえてくる。何ともわびしい旅の宿だ。 

主人が言うには、ここから出羽の国に向かうには大きな山があり道もはっきりしていないから、
道案内を頼んで越えるのがよいという。
それならばと人を頼んだところ、屈強な若者が腰に反脇差を横たえ、樫の杖を手にして、我々を先導する。
「今日こそ、きっと危ない目にあう日に違いない」と、びくびくしながら若者の後についていった。
主人が言ったとおり、山は高く、木々が生い茂り、鳥の声一つ聞こえず、木の下まで枝葉が茂りあい、
まるで夜道を行くようであった。
「雲端に土ふる(風に巻き上げられた土が雲の切れ端から降ってくる)」という詩句そのものの心地がして、
小笹を踏み分け踏み分け、流れを渡り、岩につまづき、肌には冷や汗を流しながら、ようやく最上の庄に出た。
あの案内してくれた男が言うには、
「この道ではいつも必ずよくないことが起きます。しかし、今日は無事にお送りすることができて幸いでした。」
と喜んで帰っていった。
後から聞いただけでも、胸がどきどきばかりであった。

尿前の関_b0011185_2235548.jpg折角の宮城遠征。
今週はそんな旅程を小出しでご紹介していきます。
まずはこんな感じに、たまにはアカデミックな記事を。
はい、本当に「たまには」ですけど・・・。

宮城県玉造郡鳴子町。
源義経一行が都から平泉目指して落ちのびて行く途中、ここで義経夫人が出産。
その子の鳴き声が鳴子の命名とか、
その子をあやすために首を廻すと音の出るこけしを作ったとか、
その子が初めて小便をしたために尿前という地名がついたとか、
とにかく、義経に関わる様々な伝承がある土地です。

芭蕉が、奥の細道で鳴子から尿前を通る出羽街道中山越えを選んだのは、そんな義経伝説に心を動かされ、
その物語と歴史への追懐の気持ちから、義経の落ちのびた道をたどったという説もあるそうです。
奥の細道の中でも最大の難コースだったんですけどね。
by sanzokuame | 2005-06-27 22:35 | 日本のカタチ


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